ユークリッド幾何学から非ユークリッド幾何学へ

  非ユークリッド幾何学と聞くと誰もが常識を超えた、不思議な空間を想像し、心躍るのですが、ユークリッド幾何学となると退屈この上ないという印象しか持っていない筈です。では、二つの幾何学の違いはどこにあるのでしょうか。二つの違いの根幹をはっきりさせてみましょう。

 

 ユークリッド(Euclid, 325BC-265BC)は紀元前300年ほど前に『原論』を書き、それは人類が書いた最も有名な一冊となりました。『原論』の中で彼は現在の公理にあたる仮定を5つ置いたのですが、最後の「平行線の公理」と呼ばれるものは他の公理に比べて複雑で、公理として最初から自明であるとは言い切れませんでした。後世の注釈家プロクルス(Proclus, 411-485)の定式化に従うと、5番目の公理は「直線とその上にない一点が与えられると、その一点を通り、その直線に平行な直線を正確に一本引くことができる」と表現できます。確かに文の長さだけでも以下に挙げる4つの公理より遥かに複雑に見えます。

 

1 任意の2点を通って直線を引くことができる。

2 有限の直線はある直線上を連続的に延長できる。

3 任意の中心、半径の円を画くことができる。

4 すべての直角は等しい。

 

そこで平行線の公理を上の4つの公理から証明できないかと多くの試みがなされました。後に証明の誤りが指摘された多くのものは平行線の公理に論理的に同値な言明を仮定していました。これは論点先取の誤り(petitio principi)です。極めて重要な証明は1733年になされたサッケリ(Giovanni G. Saccheri, 1667-1733)のものです。彼は平行線の公理が誤っていると仮定し、そこから矛盾を導き出そうとしました。これは帰謬法(reductio ad absurdum)*です。平行線の公理の否定とは「平行線を正確に一本引くことができる」を否定することです。すると、「平行線が一本も引けない」と「平行線が二本以上引ける」という平行線の公理の二つの否定形ができることになります。彼は「平行線が一本も引けない」という仮定のもとで、矛盾を引き出すことができました。「平行線が二本以上引ける」場合も多くの非ユークリッド幾何学の定理を証明できました。でも、彼はそれらが非ユークリッド幾何学の定理であることを認識できませんでしたし、前のように矛盾を引き出すこともできませんでした。

 

*帰謬法はその漢字表記が難しいということから、今では「背理法」と呼ばれています。背理とは文字通り「理に背く」方法ということになりますが、帰謬法は理に背くどころか、理に叶った方法です。

 

(問)平行線の公理の否定形が「平行線が一本も引けない」と「平行線が二本以上引ける」の二つあることを説明しなさい。

 19世紀初頭ユークリッド幾何学の妥当性に関する問いが数学者の間で出され、それに最初に取り組んだのがガウス(Carl F. Gauss, 1777-1855)でした。カントが亡くなった時、彼はユークリッドの4つの公理と平行線の公理の否定が矛盾を含まずに両立することを既に認識していたのですが、非ユークリッド幾何学の存在をそのまま認めることができませんでした。数は人間の心が生み出したものですが、空間は心の外にある実在であると彼が考えていたためです。

 その後、ガウスと同じ結果がボーヤイ(János Bolyai, 1802-1860)とロバチェフスキー(Nikolai I. Lobachevski, 1792-1856)によって独立に発表されます。彼らは一本の平行線の存在を否定し、「平行線が二本以上引ける」と仮定し、他の公理と矛盾しない非ユークリッド幾何学を展開しました。さらに、19世紀中葉にはリーマン(Georg F. B. Riemann, 1826-1866)がユークリッドの4つの公理に細工を施すことによって、「平行線が一本も引けない」という仮定のもとで別の非ユークリッド幾何学ができることを見出しました。

 こうしてカントの死後50年で三つの異なるタイプの幾何学が存在することになりました。それら幾何学は、「平行線が正確に一本引ける」ユークリッド幾何学、「平行線が二本以上引ける」非ユークリッド幾何学、「平行線が一本も引けない」非ユークリッド幾何学です。

 これまでの話をまとめてみましょう。最初は4つの公理から平行線の公理が演繹できないか試みられました。うまく行かないため、平行線の公理の否定が仮定され、そのもとで他の4つの公理と矛盾するかどうか調べられました。ユークリッド幾何学が無矛盾という仮定のもとで、平行線の公理の否定から矛盾が出るなら、平行線の公理は4つの公理から演繹されます(なぜでしょうか)。平行線の公理の否定は二つの形をもち、一方からは矛盾が得られました。でも、別の否定形から矛盾が出ないため、4つの公理からは演繹できない可能性が残っていました。つまり、平行線の公理は他の公理から独立している可能性があったのです。非ユークリッド幾何学のモデルがつくられることによって、平行線の公理が他の公理から独立していることの一部が示されました。さらに、4つの公理を僅かに変形すると、「平行線が一本も引けない」と仮定しても矛盾が得られず、別の非ユークリッド幾何学がつくられます。こうして、平行線の公理の残りの一部の独立性も証明されました。

 この一連の追求の道筋には推論の工夫と推論についての推論が積み重ねられています。このような純粋に論理的な追求と共に、ユークリッド幾何学は経験世界の空間を記述するための唯一の幾何学かどうかが問題になっていました。言い換えれば、ユークリッド幾何学アプリオリに成立するかどうかです。

 

(問)最後の文「ユークリッド幾何学アプリオリに成立するか」について、あなたの考えを述べなさい。