嘘こそ方便

 役者の台詞をそのまま信じる人はいない。人を騙せないと役者にはなれない。役者は詐欺師のように巧みに騙すが、誰もそれを非難しない。虚構の世界の騙しは無害だからである。その騙し上手の俳優に似て、政治家はリアルな世界で巧みな弁舌を駆使して人を騙し、操る。そのための小道具は容姿、服装、言葉遣い。ならば、騙されない最上の手段は何か。痛快過ぎるが、騙すこと。政治家を皆で騙そう。騙すために共謀する必要などなく、簡単な心掛けで十分。騙されない国民の最上の手段は政治家を騙すこと。そのためには、政治家たちを無視すること、自分にわからないことは一切カウントしないこと、自分の意見は一切言わないこと、それだけで十分。
 仏教の悟りに近づく方法が「方便」であり、嘘も方便の一つである。政治家にとっては「嘘こそが方便」なのである。私たちは政治家がこれから何をしたいか(どのような嘘をつくか)、これまで何をしてきたか(どれだけ嘘をついてきたか)を静かに聞くだけでいい。難しい議論は政治家にやらせ、その結末がわからなければ、無視すればいい。細かなことを詰めるのは政治家の仕事なのだ。私たちは政治家の嘘をを見極め、自らの心の中で素直にその嘘を吟味するだけのこと。その際、政治家には「私にはわからない、I don't know」と言い、自分には「私にはわからない、I don't know」とは決して言わないこと。
 とても簡単な目安は、私にマイナスになること、私が嫌なこと、私に負担になること、それらを基準にして判断するだけのこと。政治家を騙し、政治家の振舞いを見極め、アンケートには嘘をつき、何食わぬ顔で投票しよう。それによって政治家たちの鼻を明かそうではないか。それが有権者の企みのスキーム。政治家の個々の企みは見破られることになるが、スキームは見破られても痛くも痒くもない。
 街頭演説で好き勝手に叫ばせよう。彼らの政策を丁寧に聞き、その嘘の中味を見極めよう。候補者を信じないのは悲しいことだなどと思う必要は一切ない。候補者は有権者に自分の過去の嘘の言い訳をし、未来の嘘を信じ込ませようとしているのだから。
 候補者は俎板の嘘つき鯉なのだということを忘れてはならない。嘘と夢は紙一重、夢を語るとは嘘をつくこと、だから、夢も嘘も私たちの未来を決める立派な方便なのである。