Xとは何か:最短の解答

 「Xとは何か」という問いは哲学的なWhat型の問いで、科学的なHow型の問いとは違うと言われてきました。でも、Xが曖昧で、それが何かに答えることができなければ、What型もHow型もあったものではなく、どちらにも答えることはできません。「学問とは何か」など酒を飲んで呟く程度がよく、素面で声高に説くのは野暮というものです。「私とは何か」は私自身がわかればよいことで、人に喧伝する必要などないものです。
 「哲学とは何か」の答えを知っても、それで自ら哲学することができる訳ではありません。自分で哲学することができないのであれば、「哲学とは何か」の答えを知るとは一体何なのかと逆に問われてしまうことになります。
 つまり、「哲学とは何か」の答えと哲学の問題を実際に考え、解くこととは別のことなのです。ですから、現場の哲学者は「哲学とは何か」に答えることなどに頓着せず、哲学の実際の問題を解こうと悪戦苦闘しているのです。これは科学者も全く同じで、余程暇な科学者でない限りは「科学とは何か」という問いに興味を示すことなどないのです。
 こんな訳で、「Xとは何か」はXに関心をもち、その本性を少しでも知りたい時の目標であって、実際に解くべき事柄ではないのです。ですから、例えば「人間とは何か」は人間を知りたい場合の最終目標に過ぎないのです。それでも、Xや人間を追求していて五里霧中になった場合、「X(人間)とは何か」は立ち止まって気持ちを落ち着かせるという役割はもっているようです。