波除神社

 宗教施設は一般の建物に比べると大きく、派手で、人目を惹く。大聖堂も大伽藍も、そして大鳥居も人を引きつける力をもっている。堂内の装飾となれば、カトリック教会の方がプロテスタント教会より圧倒的に華美で、仏教寺院の方が神社より派手だというのが通り相場。多くの仏像が彫られてきたのに対し、神社の拝殿に神像はない。神社は、それゆえ大変簡素だというのが一般の理解である。
 神社は建物よりその境内の広さに目を見張るものがある。山全体が境内という神社も珍しくない。それに対して、寺の境内は伽藍がひしめき、墓地が広がり、静寂な空間は少ない。このように思っていたのだが、東京の神社を知るにつけ、これが真っ赤な誤りだと気づいたのである。特に、下町の神社はどれも猫の額ほどの境内しかなく、雑居ビルの如く様々な神様が祀られている。荒ぶる神様ではなく、親しみのある庶民の神が鎮座するかのようで、神様も郷に入れば郷に従えというばかりに、身近な神様に変身している。私が下町の神社で感じるのは、そこはジオラマの世界であり、奇妙なことに鎮座されるのは自然の中の神様ではなく、街の中で庶民化した神様なのである。下町版の神道は生活に密着した生きる糧、術であり、宗教的というより倫理的なのである。
 そんな神社の典型の一つが築地の波除神社。狭い境内に所狭しと末社や供養の塚が並んでいる。この何とも賑わしい小さな神社についてまとめておこう。
 波除神社の祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、つまり、稲荷大神で、それゆえ正式名称は波除稲荷神社。江戸時代の東京は八重洲が海岸線で、築地はまだ海の中。人口増加への対処として海岸の埋め立て事業が盛んに行われた。日比谷の埋め立てから始まり、70年後の明暦の大火の後、築地の埋め立て工事が始まったが、大波が打ち寄せて工事がはかどらない。ある晩、波間に光を放つ物体を見つけ、引き上げると、稲荷大明神のご神体だった。そこで社殿を造営し、丁重に祀り、盛大な祭りを催した。すると、波がおさまり、埋め立てが完了した。これが1659年のことである。波除神社の御利益は「災難を除き、波を乗り切る」波除稲荷様とされ、災難除、厄除、商売繁盛、工事安全のご利益を頂けるとされている。
 さて、鳥居を入って右に鎮座するのが「厄除天井大獅子」。つきじ獅子祭のときには獅子殿から出され、築地を練り歩く。何故、獅子なのか。獅子は、大波を起こす原因である風と雲を司る龍と虎を、獅子の一喝で威服できる。天井大獅子の向かい側に、手水舎とセットになった獅子殿がある。この獅子はお歯黒獅子と呼ばれ、雌の獅子。お歯黒であるから既婚で、その亭主は向かい合わせの天井大獅子と思われる。この獅子殿は、実は市杵島姫命を祀る摂社である、獅子の頭の上にある、雌を表す「宝珠」の中に、市杵島姫命(=弁財天)のご神像が収められている。このお歯黒獅子の右側手に末社を合祀した社殿がある。合祀されている神様たちは、天照大御神(伊勢は内宮の祭神にして、皇祖神であり、全国民の氏神様として日本神道のトップに君臨する神)、大国主命国津神のトップであり、神仏習合によって大国天とされ、縁結びや商売繁盛の守護神)、少彦名命大国主命の名参謀で、ブレーン的存在)、天日鷲命天孫瓊瓊杵尊の降臨の際に五伴緒の一人として随伴した太玉命の部下で、関東では「お酉様」として親しまれる神)。

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(拝殿)

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(厄除天井大獅子)

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(弁財天社、お歯黒獅子)

 また、奥から順に多くの塚が並んでいる。順に挙げれば、昆布塚、おきつね様、はまぐり石、活魚塚、鮟鱇(あんこう)塚、海老塚、すし塚、(末社合祀殿)、玉子塚、(弁財天社)と並んでいる。どれも、その業界の組合や企業が寄進したものだろう。
 これらの存在とその配置は、下町の縮図が神様の世界でも実現していて、何か微笑ましいような、やるせないような、聖と俗の区別などいかがわしいものに過ぎないような、あっけらかんとした気分にさせる境内風景をつくっている。

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 ところで、築地市場の守り神である「魚河岸水神社遥拝所」は築地市場とともに豊洲移転が決まっている。一方、土地の氏神である波除神社は築地に残ることになっている。波除神社の伝統の祭礼「つきじ獅子祭」の渡御祭が2015年6月13日に行われ、数々の御輿が威勢のいいかけ声とともに市場内を練り歩いた。3年ごとに行われる本祭りで御輿が市場内を巡行するのはこれが最後の筈である。