ヒメリンゴとは何か

  このタイトルは「Xとは何か」という哲学でお馴染みの問いの形をしています。「人間とは何か」と同じ形です。不思議なことに、「人間とは何か」とは違って、「ヒメリンゴとは何か」には哲学的に答えるのではなく、以下のように答えるのではないでしょうか。

 

 イヌリンゴは、バラ類、バラ目、バラ科、ナシ亜科、リンゴ属、イヌリンゴ種と分類されている。こう書いてもチンプンカンプンだが、イヌリンゴ(学名Malus prunifolia)は、バラ科のリンゴ属の落葉高木。その実は渋みが強く、甘みもないため食用にならなず、鑑賞用で、果実酒として使うこともある。

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ヒメリンゴ

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ヒメリンゴ

 一方、ヒメリンゴは本州から北海道に分布する「エゾノコリンゴ」と中国原産の「イヌリンゴ」との交雑種と言われている。このほかにも諸説ありで、「ズミ」と「リンゴ」との雑種とか、中国から渡来した「イヌリンゴ」そのものという説もある。つまり、ヒメリンゴはイヌリンゴの別称か、その子孫、あるいは別のものということで、その由来は不明ということになる。

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(アルプス乙女)

 さらに、問題を複雑にしているのが「アルプス乙女(略称乙女リンゴ)」。このリンゴは直径5cm前後のミニリンゴ。重さが30~50gくらいと小さく、果皮は真っ赤。「ふじ」と「紅玉」を混植した長野県の農園で偶然に育成され、1968年に命名された。当初はふじと紅玉が親だと思われていたが、後に遺伝子解析され、親は「ふじ」と「ヒメリンゴ」の可能性が高いことがわかった。アルプス乙女は甘味の中にほどよい酸味があり、果汁も多い。収穫時期は10月中旬から下旬で、その時期になると時々店頭にも登場する。

 これで、「イヌリンゴ」、「ヒメリンゴ」、「アルプス乙女」の三者が何とも曖昧な関係で結ばれ、その由来には諸説あるが、見かけはよく似ていることがわかったのだが…  ヒメリンゴとはどんなリンゴかという問いについての説明をしてきたが、多分このような説明の仕方自体が奇妙だとは誰も思わないだろう。「ヒメリンゴ」は「どんな個性をもつ個体なのか」というより「種としてどのような由来をもつのか」という問い方が自然であり、特定のヒメリンゴの個体が何かとは問わないことが前提になっているのではないか。

 だが、隣の人がどんな人かを知りたいのは自然なことだが、画像のヒメリンゴの個体がどんなリンゴか知りたいのも自然なことではないのか。私たちは人間を考える際には、種としての人間と個人の違いをはっきり認識した上で考え、議論してい入る。ところが、リンゴの場合は実に曖昧で、リンゴの個体はそれを食べたり、料理に使ったりする場合以外は種としてのリンゴが主役になっている。

 このことはヒメリンゴだけでなく電気製品や自動車など、身の回りの品物のほとんどについても同様で、「Xは優れた性能の自動車」、「Xは最新のスマホ」などと言われる際のXは個体ではなく種(類)を指している。こうして、「Xとは何か」への解答の仕方が見えてくる。それはXを個体、個物として捉えるのではなく、Xを種や類と解釈して問いに答えるやり方である。

 このような工夫には先例がある。その一つがヘッケルの生物発生原則で、「個体発生は系統発生を繰り返す」という主張である。つまり、特定の個体の発生、発達をその個体が属する種が系統的にどのような由来をもっていたかによって理解しようという訳である。少々乱暴に類推すれば、「氏か育ちか」と問われ、「育ちは氏を知ればわかる」と答えるようなものである。最近では進化発生生物学(略称evo-devo)という分野ができ、真剣に両者の関係が考察されている。

 これで「ヒメリンゴとは何か」の最初の問いに答えが出たわけではないが、その答えを見出す際の私たちの思い込みや態度の一端は見えたのではないか。だが、「個人を数多く知ることを積み重ねることによって、「人とは何か」を知ることになる」という私たちの経験則は、ヘッケルの経験則と同じかそれ以上に有効であることを忘れてはなるまい。