外在主義と懐疑論

 現在の知識論では懐疑論に対する三つの異なる戦略がある。

(1)認識論的外在主義
(2)知識の関連可能性の説明
(3)意味論的外在主義

 私たちは(1)と(2)については既に考えてみた。(1)によると、何かを知るのに主体は信頼できる、偶然でない、真なる信念を必要とするが、主体自身は偶然的でない真なる信念をもつことを知る必要はない。知識の外在主義的な定義によって、懐疑論の不可避的な要素であるような正当化のための後退を避けることができる。この具体的な内容は信頼可能性理論として述べた。(2)はノージックの閉包性の議論を思い起こしてほしい。これも外在主義の一例である。そこで、ここでは(3)について考えてみよう。
[意味論的外在主義]
 外部世界についての懐疑論に対する別の対処は意味論的な外在主義である。懐疑主義によれば、正常な環境に住んでいる人も、桶の中の脳も同じ信念をもっていると考えられる。両者とも自分は腕をもっていると思っているかもしれない。意味論的な外在主義者はこの過程を否定する。私たちが世界から受け取っているもの、世界について信じているものは私たちがもっている概念に依存し、その概念は私たちがどのような世界に住んでいるかに依存している。だから、大いに異なった世界に住んでいる人は大いに異なったことを信じていることになる。これが事実なら、正常な人間が腕をもっているというようなことを信じるときに信じるようなことを、桶の中の脳が信じると勝手に仮定することはできないことになる。
 意味論的な外在主義はパトナムの双子地球 (Twin Earth) の思考実験から取り上げられるようになった。そこで、彼の思考実験を見てみよう。
[双子地球の思考実験]
 1750年の地球とほとんどすべての点で同じ惑星があったとしてみよう。観察によって二つの惑星を区別することはできない。これを「双子地球」と呼ぶことにする。 ただ一点だけ地球と双子地球に違いがあった。それは地球でも双子地球でも「水」と呼ばれるものが地球上ではH2Oだが、双子地球では異なる化学物質XYZであった。化学的には異なるが、双子地球での「水」は地球と全く同じように見え、同じように使われていた。
 さて、「水」は1750年に地球と双子地球で何を意味していたのだろうか。その時代の誰もが知らなくとも、その時の地球での「水」は私たちが現在H2Oとして知っているものを指示している。地球での心理学も双子地球での心理学も同じである。「水」の心的表象は、したがって、地球でも双子地球でも同じである。しかし、一方の「水」はH2Oであり、他方の「水」はXYZである。したがって、頭の中にある心的表象は「水」の意味を決定しないし、思考の内容も決定しない。それゆえ、意味は頭の中には存在しない。これがパトナムの結論である。パトナムはこの議論を水だけではなく、他の自然種にも適用する。
 概念の内包はどのような本性をもつのか。これを形而上学的必然性と認識的必然性に関連させて見てみよう。もしパトナムが正しければ、「水はH20である」は(話者の言語共同体に依存して)必然的に真あるいは偽を表現していることになる。あるものがH20でなければ、それは水ではなく、したがって、H20でない水が存在するような可能世界はない。1750年には誰も「水はH20である」と知らず、したがって、その文を述べていなくとも、彼らが水について語っているときには、彼らはH20について語っているのである。「水はH20である」はいつでも真である「水は水である」とは違うので、これは考え難いことに見える。 「水は水である」が分析的に真であるのに対し、「水はH20である」はその真偽の決定に科学的な知識を必要とする。何の科学的知識ももっていない人にとってさえ「水は水である」はその人に理解できる限り、真である。それゆえ、「水」と「H20」は同義語ではないように見える。というのも、もし同じ意味なら、「水」と「H20」の意味を学ぶだけで 「水はH20である」の真偽を決定できることになってしまうからである。実際はこの文の真偽は科学的な追求によってしか決定できない。では、どのような意味で「水」と「H20」は同じ意味をもっているのか。パトナムによれば、双子地球の思考実験が示しているのは次の二つの言明が共に真では有り得ないということである。

(1)語の意味(内包)はある心理的な実体、例えば心的表象と同一である。
(2)内包は概念を決定する。

パトナムは(1)を否定し、(2)を採用する。しかし、語がどのように意味を獲得するかに心理学や話者の意図が役割をもっているのは明らかである。ある言語共同体の人々は「水」を彼らの環境で呑むことができ、味がなく、色も匂いもないものを指示するのに使う。これらの性質はみなその共同体における水のステレオタイプの一部である。それらは共同体のメンバーが水に結びつけ、水とみなすのに使う性質である。パトナムによれば、語の意味とステレオタイプを同一視してはならないが、ステレオタイプは語の意味の一部である。同じように、意味と内包の概念はステレオタイプと同じではない。ステレオタイプの役割は与えられた語の意味を与えるのではなく、その指示を固定することである。パトナムの主張をまとめると、次のようになろう。「水」の意味はその外延からなる。その外延はそのものを同定するのに使うステレオタイプの性質を使って選び出されるものによって決定される。「水はH20である」が必然的なのは、H20でないものは水では有り得ないという意味においてである。「水」は、「トランプ」や「私」と同じように、厳格作用子(rigid designator)である。それはあらゆる可能世界で同一のものを指示する。したがって、「水」のような自然種を表す語は指標詞(「私」、「ここ」、「今」のような語)に似ている。しかし、H20という性質が水のステレオタイプの一部ではないため、水がH20かどうかは科学的な研究が必要となる。それゆえ、「水はH20である」は認識上、偶然的である。
[桶の中の脳]
 パトナムは別の思考実験で懐疑論を論駁しようとする。彼は、私たちが実際に経験するものから区別できない経験を引き起こすように神経を刺激するプログラムをもつコンピューターによって電気的な信号を与えられる桶の中の脳かも知れないという懐疑論的な仮説を考える。彼は意味論的な外在主義を使って、私たちが桶の中の脳ではあり得ないと論じる。桶の中の脳は私たちにできることを言ったり、考えたりできるが、その主観的経験に関する限り私たちが意味するものを意味することはできないという点が鍵になっている。「私たちは桶の中の脳である」と桶の中の脳が言うとき、彼らは自分が桶の中の脳だと言うのではなく、むしろ、イメージの中の脳だと言っている。それゆえ、「私たちは桶の中の脳だ」という仮説が正しいなら、私たちが「私たちは桶の中の脳だ」と言うとき、何か誤ったことを言っていることになる。私たちが桶の中の脳なら、私たちはイメージの中の脳ではない。だから、私たちが桶の中の脳でないなら、私たちが桶の中の脳であるというのは認識上不可能である。このように意味論的な外在主義は私たちが桶の中の脳かも知れないという外部世界に関する懐疑論的主張を拒絶する。
 ドレツキは、表象の特別なクラスである信念は信念の生じるシステムが拾い、処理する情報によって制限された内容をもつと考えた。システムが何かがQであるように情報を処理できないなら、それは何かをQとして表象できない。これから次のことが出てくる。有機体が概念Qをもつなら、そして、事物がQであると信じるなら、その有機体はQであることを知るための情報処理能力をもっているような有機体である。換言すれば、私たちは信じる元のものをもっているものだけを知るように、知る元のものをもっているものだけを信じる。懐疑論者は私たちが信念をもっていることは疑わないので、この議論は何も知られないという見解が誤りであることを示している。
 ここで次のような要約をしておこう。知識論における内在主義は、信念を認識することを正当化するのに必要なすべての要素は、その人が認識上接近可能でなければならない、あるいは、その人が認識できる領域になければならない、と主張する。一方、知識論における外在主義は、(強い外在主義は)ある知識を真にする外在的条件が内在的正当化の代わりとなる、(弱い外在主義は)知識には内在的正当化だけでなく、外在的条件も必要である、と主張する。また、心の哲学における内在主義は、心的出来事はそれをもつ主体の身体に内在する物理的出来事にだけ付随する、と主張する。心の哲学における外在主義は、心的出来事は、それをもつ主体の身体に内在する物理的出来事に付随するだけでなく、環境にも付随する場合がある、と主張する。

(補足)
 ここまでの知識についての考察が全く触れていない点を付け加えておきたい。それはものとしての知識の扱いに関してである。知識は社会の中で使われ、幸福と不幸の両方を生み出してきた。どのような知識が幸福をもたらし、どのような知識が不幸をもたらすかは誰にもわからない。なぜか。知識がどのように人間に利用されるかといった観点は真偽の判定には入っていないからである。私たちは随分昔に物質についての知識を獲得し、それを使って物質文明を築いた。それは物質についての知識を使って、物質を生産し、流通させ、消費するということであった。これは次の段階に、生命についての知識を使って、生命を流通させ、消費することになった。最も、生命にかかわる知識、流通、消費は人類の誕生と共に始まっていた。農業はその具体的な方式であった。20世紀後半になると、物質、生命だけでなく、情報の流通、消費が始った。そして、次は知識の流通、消費である。知識の中でも技術に関する知識は商品になっている。このような知識と社会の関係は19世紀までは顕著でなかった点であり、知識論は社会との関連を著しく欠いていたために、知識の流通、消費に関しては全くと言ってよいほど知識をもっていなかった。では、現在私たちはどれだけ流通し、消費される知識について知っているのだろうか。