「諸行無常」、「色即是空」はなぜ真なのか(6)

 龍樹の空論や世親の唯識論の世界観からタイトルの「「諸行無常」、「色即是空」はなぜ真なのか」に対して答えを出すために、これまで主に仏教側の歴史的経緯を説明してきた。それらが仏教の最もアカデミックな試みの結果であることを確認するとともに、その後の大乗仏教の理論的な根拠になってきたことを述べてきた。それは既に言われていることであり、その再確認だった。そこで、因果的な相互作用からなっている現象や出来事について仏教以外の考えを参照しながら、タイトルの問いに仏教以外の観点も含め、どのように解答できるか考えて行きたい。まずは龍樹や世親の大先輩であるアリストテレスの考えを瞥見しておこう。

アリストテレスの四原因と運動の説明
 アリストテレスは形相(本質)は対象の外にではなく、具体的な個体(個物)の中にあると考えた。プラトンイデアと違って、形相は個体に内在し、すべての個体は形相と質料が一体となったものである。アリストテレスは存在するものの変化を説明するために可能態と現実態という区別を考えた。そして、彼は可能態と現実態の間に起こる変化を四つの原因によって説明した。アリストテレスは自然に四つの原因を認め、それらを使って事物の現実あるいは可能な状態とその変化を因果的に説明しようとした。『自然学』では四原因を使って「なぜ」という質問に答える、つまり、現象を説明する。自然な運動として物体はその構成要素の可能性を満たすように運動する。主に土や水からなる物体の自然な運動は地球の中心へ、空気や火からなる物体はその逆の運動をする。
それぞれの原因について家を例に考えてみよう。質料因は家を造る材料、石、木等である。形相因は家を造る設計者の心の中にあり、質料によって実現されるデザインである。機動因は家を造る主体、つまり、建築家である。目的因は家を造る目的である。アリストテレスはこれらの異なる役割を下のように考えている。

形相因: 物質的なものを現実化する、決定する、特定するものである。
質料因 :それなしには存在や生成がない、受動的な可能態であるものである。
機動因 :その作用によって結果を生み出す。それは結果を可能な状態から現実の状態に変える。
目的因 :そのために結果や成果がつくられるものである。

アリストテレスの四原因は事物の構成と変化の両方を含んでおり、変化の時間軸に二つの原因(機動因と目的因)、構成の階層軸に二つの原因(形相因と質料因)を置いたと考えられ、それぞれ時間的因果性、存在的因果性と呼ばれている。その後、いずれの軸も一方向だけ取り上げられ、時間軸からは目的因が、階層軸からは形相因が排除されて行った。それが現在の因果的、還元的説明のもとになっている。階層軸は科学の研究の仕方もあって個別科学の研究領域に分けられ、階層的に分割された各領域では機動因だけがもっぱら研究対象として取り上げられることになる。
アリストテレスの自然科学)
 アリストテレスの自然科学への大きな貢献は生物学にある。生命現象は形相因と目的因の多くの証拠を与えてくれる。彼は約500種の動物を詳細に研究し、一部解剖まで行なった。アリストテレスプラトンも生物に目的因の証拠、自然におけるデザインを見出した。
 現在の私たちの周りには生きていなくとも動くものがたくさんある。だが、アリストテレスの時代は違っていた。地上で動くものの主役は動物だった。動物の運動は目的をもち、有機体の意思や欲求にしたがっている。成長が生物の本性を満たすように、運動も動物の本性を満たしていると彼は考えた。
 生命のないものの運動を説明するために、彼はものの本性という概念を拡張した。事物の秩序の中で「元素はその自然な場所を求める傾向をもつ」と仮定することによって、生命のない事物の運動を理解できると考えた。だから、4元素について、土はもっとも強く下へ、水はそれほど強くはないが下へ、火はもっとも強く上へ、空気はそれ程強くはないが上へ動く。元素とその組み合わせがどのように動くかの一般理論は、元素以外の事物に適用するにはもっと細部を詰めなければならなかった。
(自然な運動(Natural Motion)と不自然な運動(Violent Motion))
 石がもつ自然な傾向は落下することだが、私たちはその石を投げ上げることができる。アリストテレスはこのような運動を「不自然な」運動と呼び、自然な運動と区別した。「不自然な」という語は外部から無理に力が働き、運動を強制的に生じさせることを意味している。(現代では重力が原因となってリンゴを落下させるというのが常識である。だが、ニュートン以前にはリンゴの落下は外部の助けを必要としない自然な運動であり、したがって、説明する必要のないものだった。)最初に速度を量的に扱ったのはアリストテレスである。彼は落下に関して二つの量的な法則を述べている。

(1) 重いものほど速く落下し、その速度は重さに比例する。
(2) 落体の速度はそれが落下する媒質の密度に逆比例する。

これらの法則は単純で、しかも数学的な量的表現をとっている。石と紙を落下させれば、(1)が成り立ちそうである。(現在でも子供たちに対する質問調査ではアリストテレス的な考えが普通に見受けられる。)(2)についても、空中から落下する石は水中では速度が落ちるように見える。だが、アリストテレスはこれらの法則を厳密な仕方で確かめることを怠った。(1kgの石と500gの石を空中や水中で落下させたら、(1) と(2)からどのようなことが予測されるか。)また、(2)より、真空は存在できないと彼は結論した。真空が存在したら、その密度は0なので、どんな物体も無限の速度で落下することになり、これは不合理であると考えたからである。
*(問)真空が存在しないとすれば、ギリシャの原子論は成立するだろうか。

 不自然な運動について、彼は運動する物体の速度はそれにかかる力に比例すると述べている。これはまず、押すことを止めれば、物体は動くことを止めることを意味している。これも確からしく見える。だが、箱と床の間の大きな摩擦力を説明できない。箱をそりに載せ氷面を滑らすと、押すのを止めてもそりは滑り続ける。
 物体の運動がその自然な場所を求めてのものであるという説明は天体には適用できない。天体の運動は落下や上昇ではなく、円運動だからである。そのためアリストテレスは天体が4元素からできているのではなく、5番目の元素からできていて、その自然な運動は円運動だと仮定した。では、どこまでが地上で、どこからが天上なのか。太陽が熱を成分としてもっていないなら、なぜ太陽光は温かいのか。このような疑問がすぐに出てくる。